さよなら神様
2018-08-19


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さよなら神様(麻耶雄嵩 著)文春文庫

 この文庫、買ったのは昨年の夏だったと思う。「さよならドビュッシー」を買ったときに同じ「さよなら」で目についたし、作者の麻耶雄嵩さんの作品で以前から気になっていた作品が文庫化されたからです。
 何故気になっていたかというと、麻耶さんの小説「隻眼の少女」が、2011年のベストミステリーで上位にランクされ、しかも「日本推理作家協会賞」「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、興味を持って読んだのだが、全くの期待外れだった。その麻耶さんのこの「さよなら神様」もまた「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、前作は期待外れだったが、今回こそはと思っていたのだ。で、買って未読本の山にそのまま忘れていたのだが、探し物をしていて未読本の中から出てきたので、今回読んだ。

 はい、今回も全くの期待外れでした。というより腹が立った。

 同じ探偵役が連続して6つの事件に関わる連作短編集です。というより6章からなる長編と言ったほうがいいのかな。
 それぞれの事件の犯人が一行目に示されるという衝撃的な展開で、各編ともよく作られていますよ。けれども、不満だらけです。

 まず、探偵役のこと。2行目に名前が出てくるのだが、「俺、桑町淳」と読むと普通は男性だと思いますよね。でも読み進んでいるうちになんか変だなと思い始めるのですが、やはり女性なんですね。
 しかもそのミスリードは、ある別の人のミステリー作品では重要な意味を持つのですが、この作品では全くミステリーの構成には影響なし。単に読者に意地悪しているとしか言いようがない。意味がなく無用なことです。
 次に、登場人物は、探偵役を含めほとんどが小学生です。いくら高学年といえ、小学生がこんなことを感じ、発言し、行動するかと、全く理解できないこと。これはせめて高校生か大学生でしょう。ほんとうにおかしい。
 それに、各編の1行目に犯人の名前を告げる「神様」もその根拠に客観的な説明がなく超能力的だし、トリックらしいものもご都合的で、とても客観的に一般的に認めるのは難しいものばかりに思える。
 最後に、物語のラストも、おいおい、こんなんでいいのかいという思いが強くなる。

 全編を通して、ミステリーファンとして馬鹿にされたような読後感を持ちますね。

 もうこの人のミステリーはたぶん読まない。

参考までにこの人の「隻眼の少女」の読後感(2011年8月17日このブログに記載)を転載します。

 隻眼の少女(麻耶雄嵩著)文芸春秋
 昨年のベストミステリーで僕が読んだ最後のものは、この「隻眼の少女」だ。「週刊文春ミステリーベスト10」の4位、「このミステリーがすごい!」も4位、「ミステリが読みたい」では7位にランクされていて、しかも「本格ミステリベスト10」では、堂々第1位にランクされているので、相当期待して読んだ。近頃本格物と言われるもので、いいものが読めていなかったから。
 で、結論から言えば、「なんだこりゃ」です。こんなものが、本格物の第1位にあがるなんて、評論家はどうかしていると思いますね。
 ネタばれになるけども、敢えて言えば、一番ひどいところは、「本格ミステリーのルール違反」だということ。「本格ミステリーのルール」というものが、きちんとあるのではありませんが、昔からいろんな人がいろんなことを言っている。「ノックスの十戒」というのが一番有名でしょう。現代において、勿論そのすべてが正しいとは言えませんが、まあだいたいその通りだと肯けるものが多い。
 この「隻眼の少女」は、その中でも僕が重要だと思っている事項に違反しているのです。その点で、読後感がすごく悪いものとなっている。

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